小 江 戸 川 越 七 福 神

一番寺 道人山 三心院 妙善寺 毘沙門天

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平成廿二年一月七日
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道人山 三心院 妙善寺


御本尊 不動明王



天台宗
御朱印 毘沙門天



小江戸川越七福神 色紙



秋の七草:女郎花



水琴窟
水琴窟は江戸時代の茶人、小堀遠州が考案したとされます。
ためられた水を地面に埋まっている甕(かめ)の底にあけた穴から一滴ずつ落とすと
甕に反響して琴のような音色を楽しむことが出来ます。



 妙善寺は、天台宗に属する元中院の末寺で道人山三心院と呼ばれ、開山の仙波中院28世尊能法印が寛永元年に父母の追福の為この寺を建立したものです。                      
 その父の法名を道仙三心と言い、仙の字を割って道人山と号し、母の法名を妙善大姉と言い、この法名から寺の名が起こったと言われています。                           
 堂宇は天明8年の火災によって焼失し以後仮堂でしたが、昭和53年壇信徒の総力によって念願の再建が叶ったものです。      
 また、北側の菅原神社や六塚社も、やはり尊能法印が寺領に勧請したものでしたが、天明の大火によって後に現在の社地に移されたと言われています。                        
 創建時の本尊は薬師如来でしたが、今では不動明王を本尊とし、脇には阿弥陀如来、観世音菩薩、毘沙門天が安置されています。   
 なお、境内には室町時代嘉吉元年(1441)契薫大姉逆修の年号を有する板碑供養塔、石造りの地蔵尊(元禄6年)さつまいも地蔵尊等があります。     
               
妙善寺の歴史
 天台宗中院の末寺である。
寛永三年(1624年)、中院の尊能法師によって、尊能法師の父母の菩提寺として建立された。
寺名は、父の法名道仙三心、母の法名妙善大姉から、父の法名道仙三心の仙の字を割って道人山と号し、山号を道人山、院号を三心院、寺名を妙善寺としたとされる。
寺院は天明八年(1788年)に焼失し、仮堂となっていたが、昭和五十三年、現代の建築様式により再建された。
 創建寺の本尊は薬師如来であったが、現在の本尊は智証大師作とされる不動明王である。
本堂中央の厨子の中に安置されており、秘仏であり普段は外に見せない。
智証大師は弘仁元年(814年)に生まれ55歳で天台座主になった人で、仏師でもあった。
本尊不動明王の脇侍には阿弥陀如来像、観世音菩薩像が安置されている。
本堂は正面の門から階段を登り二階にある。
 参拝日には本堂正面中央の一番前に小さな毘沙門天像が祀られ、正面から参拝可能となる。
境内には檀家信徒から寄進された慈母観音像と新しく造られたさつまいも地蔵尊が建立されている。
また、路地を渡った寺院の通用門前には、元禄六年(1693年)に造られた古い六地蔵尊が並んでいる。
江戸時代の昔から人々に信仰されてきた地蔵尊であり、すぐれた文化財である。
また、嘉吉元年(1441年)、契薫大姉逆修年号を有する板碑供養塔があり、本尊に次ぐ当寺第二の寺宝である。
 妙善寺は小江戸川越七福神めぐり一番目札所としても知られている。
七福神の一番目は毘沙門天(ベイシラマナ)であり、仏教の守護神であり多聞天とも呼ばれる。
鎧で身体をつつみ、右手に邪をはらい魔を降す鉾を持ち、左手に福徳を授ける玉塔を持つ。
威光と財を授ける神である。
 毎年十月十三日には、川越さつまいも地蔵尊のもと、「いも供養」がおこなわれる。
川越は江戸時代の頃からさつまいもで有名な土地である。
もともと、さつまいもは飢饉の時の食糧難を救うためのものだったが、江戸時代の寛政の頃、江戸の町に焼芋屋が現れ、その焼芋用の芋として川越のいもは発展した。
さつまいもは食物繊維が豊富で、現代では健康食としても注目されており、健康を願うひとびとのためと川越のさつまいも文化発展のため「さつまいも地蔵尊」が建立された。
建立は平成7年。
この年は、 琉球からサツマイモが伝来して390周年、 青木昆陽が サツマイモを関東にもたらして260周年、戦後50周年に当たり、 それらすべてを記念した年である。
「いも供養」の当日はおいもにまつわる話のほか、健康祈願おいもの配布や、奉納芸能もある。
 妙善寺は秋の七草寺にもなっていて、秋口には女郎花(おみなえし)の黄色い小花が境内を彩る。
女郎花の花言葉は「美人」であり、花言葉にあやかって美しくなりたいと祈願する人や、女郎花を観賞する人達でにぎわう。
女郎花の根は漢方で敗醤といい、利尿や解毒に用いる。
寺の北側には、菅原神社や六塚社があり、もともとは尊能法印が寺領に勧請したものであったが、天明の大火の後、神仏分離により現在の社地に移されたと言われる。
            (妙善寺HPより)


                
曇っていますが、雨は大丈夫でしょう。 JR大宮駅 今9時07分ですから間に合いますね。
9時14分電車が入ってきました。 9時41分 川越駅に着きました。 小江戸川越七福神の幟がありました。
 毘沙門天 妙善寺 天台宗  妙善寺 大勢の人で混雑してます。
扁額「妙善寺」 毘沙門天像 天蓋
さつまいも地蔵

『川越さつまいも地蔵尊』
建立由来記

川越と言えば、サツマイモと言われるほどイモの町として有
名です。その歴史は約二百五十年以上あります。寛政の頃
(1789〜1801)江戸の町に焼き芋屋が現れ、その焼き芋用
のイモとして、「川越いも」は発展し、有名になりました。
過去において、飢きんや戦争での食糧難を救ったサツマイモで
すが、現在は「美容食」「健康食」「宇宙農作物」として見直さ
れ、ひろく人々に愛されています。
瀬戸内海の島々には、江戸期、サツマイモで飢きんを乗越え
たことから、イモを伝えた先人の徳を偲び、「芋地蔵」が各地に
つくられ残っています。いまは飢えることはなくなりましたが、
逆に「健康」を願う人々は増えました。『サツマイモを食べて
健康になろう』の祈りを込め、現代版の芋地蔵の建立を、平成
七年九月に地元川越のサツマイモ関係者の間で思い立ちました。
いま、川越のマチを歩いてみますと、各種のサツマイモ商品
があふれていますが、昔、この妙善寺周辺でも美味しい「川越
いも」がつくられていました。10月13日はサツマイモの日です
が、その日には、この川越いも地蔵を中心に、イモに感謝を表
わす『いも供養』(いもの日まつり)が妙善寺で催されます。

2005年(平成17年)10月13日
さつまいも伝来四百年記念
川 越 い も 友 の 会
川越サツマイモ商品振興会
川越さつまいも地蔵尊奉賛会
社団法人小江戸川越観光協会

天台宗  妙善寺 慈母観音像

小江戸川越七福神
妙善寺(天台宗) 菅原町九ー六

第一番  毘沙門天
毘沙門天は仏教の守護神で、
多聞天ともよばれています。
鎧、兜に身を包み、左手に持つ
宝塔を授け、右手の鉾で邪を払うという、
物心共々の福を施す神であります。

秋の七草   女郎花
手にとれば袖さへ匂ふ女郎花
この白露に散らまく惜しも
              山上憶良

オミナエシのオミナは女で、
姿のやさしさを現した名。
根は漢方で敗醤といい
利尿、解毒に用います。
花言葉―美人

小江戸川越七福神霊場会
(社)小江戸川越観光協会

 
慈母観音像
六地蔵 お地蔵様 手を頬に当てている石仏たち
手を頬に当てている石仏 お地蔵様 手にものを持っている石仏
この石仏も顔を傾げています。 お地蔵様 手を頬に当てている石仏
お地蔵様 手にものを持っている石仏 小江戸川越七福神霊場 寿老人天然寺