第七期 一日目
平成23年9月17日

高松  最高気温30.1℃  最低気温24.7℃ 曇り時々雨晴れ間あり 台風15号の影響で天気の変化著しい
      
(八十七番霊場奥之院~八十七番霊場長尾寺)
八十七番霊場 補陀洛山 観音院 長尾寺
                                 ふだらくさん              かんおんいん              ながおじ

カウンター

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補陀洛山 観音院 長尾寺

天台宗

御本尊 聖観世音菩薩

オン 
アロリキャ
ソワカ
御詠歌

あしびきの
山鳥の尾の
長尾寺
秋の夜すがら
御名を唱えよ
御朱印 御影

 開創は聖徳太子という説もありますが、天平11年に行基菩薩の説が一般的です。
行基がこの地を歩いていると道端に楊柳の霊夢を感じ、その木で聖観音菩薩像を彫造し本尊として安置し、法相宗を開基しました。
その後、弘法大師がこの寺を訪れ、入唐が成功するように年頭七夜に渡り護摩祈祷を修法して国家安泰と五穀豊穣を祈願されました。
その祈願は現在にも受け継がれ、毎年正月の七日には「大会陽」が盛大に開催されています。
唐から戻った大師は、再びこの地を訪れ「大日経」を一石に一字ずつ書写し供養塔を設立し、その時に真言宗に改宗しました。
長きに渡り多くの天皇から帰依された寺でしたが、天正の兵火により、本堂以外は灰燼に帰します。
江戸時代に藩主松平頼重が、堂塔を整備し、その時に天台宗に改めています。



県道3号線に戻り、交差点にありましたコンビニに入りました。た。
コンビニでアイスクリームを買って持っていたおにぎりで昼食としましたが、13時10分だからそんなに遅くはなかったです。
県道からお遍路道に戻りました。
やはり車道よりは遍路道の方のが歩いていて落ち着きますね。
昨晩の激しい雨で稲が倒れていました。長尾寺まで1.8㎞ですからゆっくりできます。
13時47分 地図に出ている広瀬橋に来ました。
県道3号線を横切って遍路道を進みました。す。
昔ながらの家の造りは、何とも言えない良さを醸し出しています。
白鷺を撮ったのですが、カメラを向けると気付かれてしまい飛び立ってしまいました。
おへんろ休憩所で一休みしました。
結願へのいやしのへんろ道  現在地  霊芝寺や願興寺からの道
旧へんろ道にあるへんろ石には安政四年(1857)丁巳の年号が刻まれてました。
へんろばしを渡り、一路遍路道を南へ進みました。
14時05分 長尾寺まで1.3㎞
     京都中井氏の道標  ↑              道標の地図          だいぶ雲が黒くなってきました。
枝振りのいい五葉松がありました。
今晩お世話になります「ながお路」の看板が目に入ってきました。
         秋田清水九兵衛道標        刻まれている文字があまりよく分かりませんでした。
わずかに左に折れてから真っ直ぐ進みました。
紅いシールが貼ってあるので道は間違ってないので安心して歩いていられました。
もうすぐで長尾寺の山門に出ます。
右に曲がると長尾寺です。
14時26分 長尾寺の山門に着きました。道
経幢に刻まれている年号は分かりませんでした。
長尾寺経幢二基      山門には大きな草鞋が奉納されてました。二王様は金網があって上手く撮れませんでした。
鐘を撞けないのが残念でした。 境内に入ると大きな楠が聳えてました。
   大窪寺まで16.5㎞が記されている新しい平成のへんろ石が建てられてました。 休み処 静 に荷物を置いて本堂に向かいました。
境内は広く、本堂の前には松の枝が一本あり絵になってました。
本堂には御本尊聖観世音様が祀られてました。
本堂の脇には大師堂が建ってました。
 同行二人の御詠歌  あなうれし ゆくも かへるも とどまるも われはだいしと ふたりづれなり
   帳が下りていてお大師様は見られませんでした。   薬師堂には薬師如来、辨財天、吨枳尼天が祀られていました。
大師堂の東側には如来様が並んで座ってました。   横から見た大師堂
長尾寺東門    屋根は打ち出の小槌と桃の瓦でできてました。
長尾寺東門  柱は古い材を利用してました。 大師堂の九輪
興亞地蔵尊
静御前剃髪塚
護摩堂
納経所で御朱印をいただきました。
山門から出て今晩の宿に向かいました。
あづまや旅館とやなぎ屋旅館がありましたが、ながお路に宿をとりました。
15時30分 道の左側の戸を開けましたら向かい側の方に案内されました。 早速お風呂に入って洗濯をしました。
こぎれいな部屋でゆっくりして、夕食は向かいの食堂で皆さんといただきました。
おかずが次から次へと出され食べきれないほどでしたが、美味しくいただきました。
 歩きお遍路は宮崎と名古屋の二人連れと夫婦連れと私の五人でした。
宮崎と名古屋の二人連れは、通しお遍路で土佐で息が合ってから一緒に歩くようになったとのことでした。
全く見ず知らずなのによく一緒に歩けるなと感心しました。よほど気が合ったのでしょう。
夫婦連れは私と同じ区切り打ちで、ここまで来るのに旦那さんは相当気を遣ってきたようでした。