第七期 一日目
平成23年9月17日

高松  最高気温30.1℃  最低気温24.7℃ 曇り時々雨晴れ間あり 台風15号の影響で天気の変化著しい
      
(番外霊場〜八十七番霊場奥之院)
長尾寺奥之院 霊雲山 玉泉寺
                                 りょううんざん             ぎょくせんじ
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霊雲山 玉泉寺

天台宗山門派

御本尊 日切地蔵菩薩

オン カカカ 
ビサンマエイ 
ソワカ
御詠歌

もろ人の
ねがひをかくる
地蔵尊
日ぎ利のちかひ
あらたな里けり
御朱印 御影 御影

 寺伝によれば、平安時代初期の弘仁5年(814)に空海(弘法大師)が、この地で紫雲の光明を放つ霊石を感じ、地蔵菩薩を安置したのが始まりと伝えられています。
空海は、日を限ってこの地蔵菩薩を念じれば功徳があると告げました。

 明治時代初期に廃寺となってしまいました。
昭和5年(1930)観音寺町(現・観音寺市)にあった玉泉寺を移転合併し、復興しました。
山門は霊芝寺より移転したものと云われています。

 


10時46分 霊芝寺を発ち、県道141号線を北東に行くと大きな野間池に出ました。
野間池の向こうには三角錐の熊高山(146m)がくっきりと見えました。 雨が上がったので傘を閉じました。
施楽山 悲田院 願興寺への案内板が建ってました。
坂道を上がって行くと延命地蔵尊の祠がありましたのでお参りしました。
大きな工場で道が左右に分かれてましたが、近そうなので左の道を選びました。
だいぶ雲が切れて陽が射してきました。
工場の近くの池には可憐な睡蓮が咲いてました。
お地蔵様には文化八年辛未(1811)の年号が刻まれてました。
11時12分願興寺に着きました。元気のよいミツマタがありました。
                        施楽山 悲田院 願興寺 真言宗善通寺派
どことなくお爺さんを思わせる顔つきのお地蔵さんに親しみを感じました。
                        西国三十三霊場がありました。                    願興寺 由来  
回向柱
本堂に架けられている御詠歌、御本尊、御真言。
11時26分山門を出て願興寺を発ちました。
この道しるべがどこを指しているのかよく分かりませんでした。圓光寺でしょうか。
紅いへんろ道が掲げられていたので一安心して進みました。
日射しが強くなってきたので、傘を乾かすのと日射しを避けるために傘を差しました。
鴨部川の水量も多く、激しい音をたてて流れていました。
杵築神社を通る頃には青空が多くなってきました。
12時02分 JR高徳線の踏切を渡りました。
造田八幡宮
志度寺から直接来る遍路道に出合いました。
遍路道に入らず県道3号線の交差点で右折しました。宮西のバス停を過ぎて玉泉寺を目指しました。
造田調整池を左に見て反対側に日切地蔵のバス停に玉泉寺入口の矢印がありました。
突き当たりに右への矢印がありましたが、左へ進みました。玉泉寺は右ではなく左だと思ったのです。
これが正解でした。メダカがたくさん泳いでいました。
12時22分 八十七番奥の院に着きました。
お大師さんの休み場 四國曼荼羅霊場九番玉泉寺 本尊御詠歌
もろ人の願いを
かくる地蔵尊
日切の誓い
あらたなりけり
山門をくぐると急な石段があり、上りきると右側にお地蔵様がいらっしゃいました。
 御本尊  日切地蔵大菩薩    御真言 おん かかかび さんまえい そわか 
御詠歌 もろ人の ねがいを かくる地蔵尊 日ぎ利のちかひ あらたな里けり
八十七番奥之院 日切地蔵大菩薩 厨子の扉は閉ざされてました 大師堂 三面大黒天 萬願大師
大師堂
座り不動尊御詠歌
磐石にすわりし 不動の 霊力は 吾等の苦難 救いまします  縁日 二十八日
馬頭観音 オン アミリト ドハンバ ウン ハッタ ソワカ
納経所で御朱印をいただくと、雨の中よくお参りされましたと、ポテトチップとお茶のお接待を受けました。
シュウメイギクが見事に咲いてました。  12時58分玉泉寺を発ちました。