第二期 五日目
平成22年5月2日

室戸岬   最高気温 19.6℃  最低気温13.5℃  晴

(ホテルなはり~廿七番霊場~旅館浜吉屋)


廿七番霊場 竹林山 神峯寺 地蔵院

                 ちくりんざん         こうのみねじ         じぞういん

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竹林山 神峯寺

真言宗豊山派

御本尊 十一面観世音菩薩

オン

マカ

キャロニキャ

ソワカ

御詠歌

みほとけの

恵みの心

神峯

山も誓いも

高き水の音
御朱印 御影

神峯寺の歴史・由来

幕末の頃、三菱財閥を築いた岩崎弥太郎の母が、息子の出世を祈願し往復20kmの道のりを21日間日参したという話は、
今も伝わっている。
縁起による歴史の古さは屈指で、神功皇后(在位201〜69)の世に勅命で天照大神などを祀る神社が起源とされる。
聖武天皇(在位724〜49)の勅をうけた行基菩薩が天平2年に十一面観音像を彫造して本尊とし、神仏合祀を行った。
その後、弘法大師が伽藍を建立し、「観音堂」と名付けたのが大同4年(809)のころとされている。

明治初期、新政府の神仏分離令により、天照大神などを祀る神峯神社だけが残り、
本尊は二十六番金剛頂寺に預けて一時廃寺の悲運に遭った。

明治中期に、もと僧坊の跡に堂舎を建立して本尊を帰還させ、霊場は復活した。
だが寺格がないため、大正元年、茨城県稲敷郡朝日村の地蔵院を移して認可を得るなど、
苦難の道を歩んで今日にいたっている。
昭和30年代、愛知県の水谷繁治さんの妻しづさんが「脊髄カリエス」で大学病院にも見放されたが、
夫婦はこの峰で霊験を得て奇跡的に全治したという実例がある。




6時半過ぎのホテルの窓から見た景色です。
今日も雨の心配はなさそうです。
今日の朝食も美味しそうです。
残さず全部頂きました。
美味しかったです。
ホテルなはりの全景です。 7時50分に発ちました。
国道55号線に出る道路から振り返りました。 
 
国道55号線です。 ←600m奈半利港
←140m奈半利駅
ふれあい海道
安芸警察署 奈半利駐在所 運転手さん気を付けてくださいね。 四国
八十八け所
28番札所
大 日 寺
↑40.7㎞

27番札所
神 峯 寺
↑9.3㎞
奈半利国道出張所前休憩所 奈半利川
奈半利川橋
橋長 172m
奈半利川橋
田野町 二級河川
なはり川
高知県
鯉のぼりとフラフ
上は土佐くろしお鉄道の鉄橋、下は国道55号線 田野駅 →
コンビニスリーエフ ヘルメットが二つということは
二人乗りでサイドカーですね。
雲が出てきました。
何とかお天気はもって欲しいです。
こんもりとした森です。 八幡宮   大野豊前の守の墓
安田町 高知 安芸
国道55号線から分かれた
右の道がへんろ道です。


岩崎家の家紋と三菱スリーダイヤのマーク

三菱スリーダイヤの起源は三角菱とされ、
岩崎家の家紋「三階菱」と山内家の家紋「三ツ柏」を組み合わせたものといわれている。
土佐藩開成館時代の藩船は山内家の三ツ柏の紋を船旗とし、
九十九商会になってからは中心の円から三方に菱形がひょろ長く伸びたデザインが
初期九十九商会の商標として残っている。
とすると、
三角菱は山内家の家紋の「三ツ柏」を三菱スリーダイヤの起源は三角菱とされ、
岩崎家の家紋「三階菱」と山内家の家紋「三ツ柏」をデザイン化したものとも考えられることもできる。




岩崎家の家紋と三菱スリーダイヤのマーク


右のへんろ道を進みます。
燕の巣には雛がいました。
昔、実家には燕の巣の跡がありました。
避難場所
大野台地・町営住宅不動団地

ここは海抜8.2m
国道55号線の下を潜ります。
避難場所
大野台地・町営住宅不動団地

ここは海抜7.0m
昔の町並みを通ります。 お地蔵さん
向こうに見えるのは国道55号線の橋ですね。
安田川   白鷺ですかね。
安田川 四国銀行 安田郵便局
避難経路がこんなに狭くていいのでしょうか。 土佐鶴酒造株式会社
土佐鶴酒造株式会社
由緒ある家の造りですね。  家紋まで入っています。 へんろ道を進みます。
立派な造りの家が続きます。
まだ立派な造りの家が続きます。
まだまだ立派な造りの家が続きます。
そろそろ立派な造りの家も終わりでしょうか。
国民休暇県・高知 二十七番札所 神峯寺→
空と海の展望公園→
神峯神社→
神のみねじ?
残念ながら何と書いてあるのかよく分かりません。
右の写真の道を進みます。
大黒様と恵比須様を塀の上に配しています。
民家が終わり、農地が広がっています。
小高い森の中に鳥居が見えます。
空と海の展望公園 → 4.5㎞
神峯神社 → 3.5㎞
神峯寺 → 3.5㎞
安田町明神 神峯神社3.5㎞→ 四国のみち
よさこい秘話
鳥居 ← へんろ
神峯寺参道 ←お遍路のシール 松尾橋
へんろ道 突き当たりに民家があります。 藤の白い花が咲いています。
今晩お世話になります浜吉屋の看板が出ています。 あそこまで歩くのでしょうか。
他のお遍路さんは歩くのが速いですね。  車はいいですね。  
またまた抜かれました。否、違います。  この方々はお詣りを終えて下っています。  私はまだ上りです。
廿二丁 下りは樂ですね。 2本の電柱は何でしょうか。
←四国のみち→ 皆さん足取りも軽いですね。
山々の緑も様々ですね。
田植えはまだのようです。 十丁
下りはいいですけど、上りはきついですね。
四国霊場第二十七番札所
神峯寺 これより千五百メートル
神峯神社 1.4㎞ → 神峯記念碑
神峯徒歩道
遍路道の脇に変わった石があります。
遍路道を下る人、上る人、皆さん手ぶらですね。   こっちは約15㎏以上のリュックを背負っています。
遍路道は続きます。
途中、自動車道路に出ます。
神峯寺参道 丁石 色鮮やかなツツジの花
自動車は樂でいいですね。 南無大師遍照金剛
神峯寺本堂9.06粁
九丁
へんろ道を進みますと、石のオブジェがありました。 四国第二十七番霊場
神 峯 寺 
妙法蓮華経 八巻 二十八品
            写経埋奉納
従是 神峯寺本堂 790米
遍路札「道は必ずひらける」 七丁
注意
これより急坂、急カーブにつき ご注意下さい。
神峯寺参拝者専用
駐車場(有料)まで約三00メートルです。
オートバイで下って行きます。 転ばないように気を付けてください。
この上すぐ!
神峯寺参拝者
専用
駐車場(有料)
竹林山 神峯寺 参拝者専用駐車場
石のオブジェ おせったい 神峯寺
廿七番札処
法師 龍円尼
安政四丁巳年生
山門 扁額「神峯寺」 お詣りが済んだお遍路さんですね。
仁王像 吽形 扁額「神峯寺」 仁王像 阿形

うすさま明王

この明王は
この世のすべてを清め
悪を食い尽くし特に
厠(便所)を守護して
下さいます。
御真言
おんくろだのう
うんじゃく

御札は納経所にて受けられます

烏蒭沙摩明王
おせったいでお茶を一杯頂きました。 美味しかったです。 真言宗 豊山派  竹林山 神峯寺
紋章の入った門です。 梵鐘 本堂 大師堂 
納経所 



社務所脇に建つ神峯神社の三の鳥居

綺麗に手入れが入っている庭園を見ながら階段を上がります。
悠々と泳いでいる鯉 水子地蔵尊 土佐の名水 神峯の水
神峯の水 水子地蔵尊 階段を上がります。
綺麗に刈り込んでありますね。 見事に咲いている石楠花 更に階段を上がります。
不動明王 みちびき弘法大師
第二十七番竹林山神護寺 本尊 十一面観世音 秘仏です。
地蔵堂 地蔵佛が50体も集められています。 お詣りが終わった方のようです。
これからお詣りする方達ですね。 唐破風の屋根になっています。
菊の御紋があります。 菩薩しか読めません。     屋根の上には天に向かっている龍がいます。
団体のお遍路さんです。 厳めしい不動明王 上に行きます。
石楠花 大師堂
大師堂 お迎え大師
大師堂 弘法大師様
大師堂 澄んだ青空 境内を見下ろしました。
おせったい 本堂  大師堂 神峯神社
参道400m
何処までいくんでしょうか。 これより神峯神社まで160m     神峯神社に行くにはこの道ですね。 
マムシ草 階段を上ると、本殿がありました。
神峯神社本殿 社額「縣社 神峯神社 砲弾ですか。

高知県保護文化財
(建造物昭和三十年八月十九日指定)
神峯神社本殿
・桁行三間梁間五間一間向拝付単層屋根入母屋造り
据千鳥破風向拝縫破風軒唐破風付屋根柿葺
大山祇命を祭神とし、天照大神、天児屋根命、応神天皇を併せ祀っている
・神峯神社日記によると今を去る二六00年余の昔、神武天皇東征のみぎり
「神の峯として石を積み神籬を立て祭られたるに起源す」とある

神籬(ひもろぎ)とは、神道において神社や神棚以外の場所で祭祀を行う場合、
                  臨時に神を迎えるための依り代となるもの。(Wikipediaより)

狛犬 吽形 社額「縣社 神峯神社」 狛犬 阿形

昭和51年12月建立

昭和16年4月建立

奉納画 慶應二年寅三月吉日
龍田神社

燈 明 巖
社殿の右の小道を上った処に燈明巖と呼ぶ巨岩がある。
太古から夜半になるとこの岩が青白く輝き光を放っていたのでこの名が起こったといわれる。
また数々の困難や異変が起る前兆にこの燈明巖が光るとも語り伝えられており、
近世では、日清、日露戦争、関東大震災、日支事変、太平洋戦争、
南海大震災等にみられた。

0330・27神峰神社・燈明巖候補1.jpg

豊受神社 岩屋神社 マムシ草
岩屋神社全容 岩屋神社拝殿 岩屋神社本殿
境内社龍田神社 境内社豊受神社 道を下って行きます。
元の道に戻りました。 山門の裏側です。 こちらは表側です。
神峯神社本堂 二の鳥居 駐車場入口です。 海が見えます。だいぶ上りました。
これから下って行きます。
ここは見覚えがあります。 誰にも会いません。 空はどこまでも澄んだ青です。
カキツバタですか。 急なカーブです。 手前は田圃でしょうか。
どこまでも道が続いています。 田圃に小型耕運機がありました。
道は下って行きます。 お遍路さんに追い抜かれました。
柿の木のようです。 車が停まっています。 ←へんろ道
第一の鳥居と土佐くろしお鉄道の高架
上がって来る人たちです。
←へんろみち 第一の鳥居
社額「神峯神社」 明治四十二年一月建之 従是神峯三十二丁
明和戊子年八月吉日
従是神峯寺三拾二
神峯神社3.5㎞ 空と海の展望公園→4.5㎞
神峯神社→3.5㎞
神峯寺→3.5㎞
国道55号 → 500m 平地を歩くのは楽ですね。
ビニルハウスが沢山並んでいます。
14時48分 今日お世話になります浜吉屋に着きました。 早速部屋に通されました。
神棚には錦札が上げられていました。 夕食はいつも通り
三杯飯を頂きました。

錦札(にしきふだ)は、四国八十八箇所を99回巡拝し結願した人が、100回目から使用できる納め札である。
公認先達は、25回目から使用できる銀札や50回目から使用できる金札を霊場寺院を通じて霊場会に申請すれば、
公認の銀札・金札を作ってもらえるが、
錦札にはその制度はなく、錦札の生地やデザインを自分で選定して遍路用品店に注文して作成する。
また、既製品もあり、裏にのみ氏名を印刷したり、ゴム印を押したりして使用している者もいる。
大きさに決まりは無いが金札より大きいと云われており、標準的には、16.5cm位×5.8cm位のものが多い。


                                         1~4回 白色
                                         5~7回 青色
                                        8~24回 赤色
                                       25~49回 銀色
                                       50~99回 金色
                                        100回~ 錦色