第二期 四日目
平成22年5月1日

室戸岬   最高気温17.2℃  最低気温10.5℃  晴れ
      
(廿五番霊場~廿六番霊場~ホテルなはり)
廿六番霊場 龍頭山 金剛頂寺 光明院
                                りゅうずざん      こんごうちょうじ       こうみょういん


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龍頭山 金剛頂寺

真言宗豊山派

御本尊 薬師如来

オン

コロコロ

センダリ

マトウギ

ソワカ


御詠歌

往生に

望みをかくる

極楽は

月のかたむく

西寺の空
御朱印 御影

金剛頂寺の歴史・由来

室戸岬から海岸沿いに西北に向かうと、土佐湾につき出した小さな岬がある。
硯が産出するので硯が浦ともいわれる「行当岬」である。
その岬の頂上、原始林の椎に覆われて静寂さがただよう境内が金剛頂寺であり、室戸三山の一寺院として「西寺」の通称でも親しまれている。
朱印も「西寺」と捺される。
当寺から4㎞のところに女人堂と呼ばれる不動堂がある。
若き弘法大師はこの間を毎日行き来し修行した霊地であり、行道したことから、「行当」はその名残かもしれない。
縁起によると、大師が平城天皇(在位806〜9)の勅願により、本尊の薬師如来像を彫造して寺を創建したのは大同2年と伝えられている。
創建のころは「金剛定寺」といわれ、女人禁制とされて、婦女子は行当岬の不動堂から遙拝していたという。

次の嵯峨天皇(在位809〜23)が「金剛頂寺」とした勅額を奉納されたことから、現在の寺名に改め、さらに次の淳和天皇(在位823〜33)も勅願所として尊信し、住職は第十世まで勅命によって選ばれており、以後、16世のころまで全盛を誇った。
室町時代に堂宇を罹災したこともあったが復興ははやく、長宗我部元親の寺領寄進や、江戸時代には土佐藩主の祈願所として諸堂が整備されている。
昭和になって注目されるのは正倉院様式の宝物殿「霊宝殿」の建立である。
平安時代に大師が各地を旅したときの「金銅旅壇具」は、わが国唯一の遺品であり、重要文化財が数多く収蔵されている。




                                                      
9時14分 津照寺を発ち、次の金剛頂寺に向かいます。
国道55号線に出ます。
お遍路のシールを頼りに歩きます。
平等津橋 向かう金剛頂寺の丘 土佐湾
国道55号線
高知まで76㎞
室戸市
徳島県庁より
137㎞

二十六番 金剛頂寺
3㎞ →
二十五番 津照寺
← 3㎞

国立 室戸青少年自然の家 →

阿南室戸歴史文化道
 
二十六番札所
金剛頂寺 →


ここで休憩しました。 元気が出たので、また歩き始めました。この先を右に曲がりました。
私のお遍路姿の影です。私の金剛杖です。もう何本目になりますか。
扁額「岩戸神社」
先に室戸病院が見えます。
岩谷川橋 室戸病院 国立室戸少年自然の家 →
民宿 うらしま 金剛頂寺 参道 
嵯峨天皇 淳和天皇勅願寺
第二十六番 
後は読めません
国道55号線から金剛頂寺への参道に入りました。
お遍路さんが歩いています。   どこかで追い抜かれたようです。
あの山の稜線まで登るようです。
四国霊場 26番札所
金剛頂寺
これより先6丁

徒歩のお遍路さんへ

金剛頂寺へご参拝される
皆さまへ右折の車道に沿って
進むコース 約四十分よりも
ここの遍路道を
直進(道路状況は広路から狭路)すると
約十五分で到達できます

実りあるよき旅と成りますよう 合掌


ベンチがありますが、雨が降っているときは
とても有り難いです。

腰掛けるにも荷物を下ろすにも重宝します。

川村与惣太の墓
(室戸市指定史跡)

「土佐一覧記」の筆者で、貞佳又は
与三太と号し、享保五年(1720年)
元浦の郷士の生まれで儒学者の
戸浦良煕に学び、西寺別当職を
五十二歳で辞した。
 明和九年(1772年)から土佐一国、
東は甲浦から西は宿毛松尾坂まで
巡遊し、地名・故事を詠んだ三年間の
行脚の記録として「土佐一覧記」を
完成する。
天明七年(1787年)正月十三日、
六十七歳で没する。

室戸市教育委員会


上り坂はきついです。
ただひたすら歩き続けます。
金剛頂寺 300m あと5分 土佐湾
終わりかけているツツジの花 金剛頂寺まで
250m
今日はお天気がいいから歩きやすいけど、雨が降っていたら難儀しますね。 金剛頂寺まで
150m
七丁 紅いエプロンのお地蔵さん 金剛頂寺まで
100m
10時25分 四国霊場 二十六番札所 金剛頂寺に着きました。
四国 第廿六番霊場  金剛頂寺          厄坂 金剛頂寺 土佐西寺
女坂      此処に落ちている一円玉を拾ってはいけません。
他人の厄をもらってしまいます。
山門に着きました。

金剛頂寺
(二十六番札所 西寺)

  金剛頂寺(廿六番札所通称西寺)は弘法大師が大同
二年(807)平城天皇の勅命を受け建立され嵯峨天皇
により国家鎮護の勅願道場とされた古刹である。
 大師が一刀三礼し彫ったといわれる薬師如来像は、
自ら動き出し本堂に鎮座したといわれる。大師堂の
横には大師が一粒の米を入れて炊くと万倍に増え
たと言う一粒万倍の釜、霊宝殿には、大師の金銅旅
檀具ほか、仏像美術品の文化財が多く納められている。
また、泉井守一氏寄進の鯨供養釣鐘のほか八000
頭鯨供養碑が建ち、捕鯨具などが展示されている。
その他貴重な土佐捕鯨資料も残されている。
また県指定天然記念物「ヤッコソウ」の自生地で
もある。ヤッコソウは椎の古木の根に寄生する植
物で、奴に似ているのでこの名が付けられた。真言道場で
あったため明治初年まで女人禁制であった。

室戸市教育委員会

仁王像 吽形像 山門 仁王像 阿形像
境内への石段 本堂 鐘楼堂
南無薬師如来瑠璃光如来           南無大師遍照金剛

本堂の手前には鐘楼堂(しょうろうどう)または鐘撞堂(かねつきどう)がある。
写真では少しわかりにくいが横から見ると柱が6本あり、
これが天皇の勅命によって建てられた特殊なもので、その証明にもなる、と言われる。
梵鐘は第二次大戦中に供出させられてなくなったが、昭和35(1960年)に信者によって寄進され、
現在の建物は地元の船大工によって平成15年(2003年)に建てられたものである。


昭和三十五年四月 高知県天然記念物
ヤッコソウ自生地
稚児大師尊像

ヤッコソウは、スダシイなどのブナ科の植物に寄生する光合成をやめた植物です。
この植物は、最初に高知県で発見され、
牧野富太郎が大名行列の奴さんに見立て「ヤッコソウ」と命名したという遍歴を持つ面白い植物です
(写真は雄花、筒状の雄しべが脱落するところ,雌花).
画像

(末次健司tugutuguより)



鴟 尾

鴟尾(しび)とは、瓦葺屋根の大棟の両端につけられる飾りの一種である。
訓読みでは”とびのお”と読む。
沓(くつ)に似ていることから沓形(くつがた)とも呼ばれる。 

後漢以降、中国では大棟の両端を強く反り上げる建築様式が見られ、
これが中国などの大陸で変化して3世紀から5世紀頃に鴟尾となったと考えられている。
唐時代末には鴟尾は魚の形、鯱(海に住み、よく雨を降らすインドの空想の魚)の形等へと変化していった。
瓦の伝来に伴い、飛鳥時代に大陸から日本へ伝えられたと考えられている。
火除けのまじないにしたといわれている。
材質は瓦、石、青銅など。
現存する石製の鴟尾は、群馬県前橋市の山王廃寺の2例と鳥取県伯耆町の1例のみ。   
「鴟尾」が屋根の最上部に設置されるのは火除けのまじないとして用いられた。
魚が水面から飛び上がり尾を水面上に出した姿を具象化したもので、屋根の上面が水面を表し、
水面下にあるもの(建物)は燃えないとの言い伝えから火除けとして用いられたと考えられている。

                                              (Wikipediaiより)

薬師如来、脇侍として日光・月光菩薩が安置されている。
薬師如来眷属 薬師如来像 須弥壇
瑠璃光殿 ↑宿坊     ←大師堂
大師堂
扁額「弘法」 弘法大師像
大師 一粒万倍の釜
弘法大師が三合三勺の米を入れて炊いたら、万倍に増えたという大きなお釜
納経所

天 狗 問 答

お大師様が当山に於て修行された十九歳の青年の頃、
魔性の類の往来が激しく、お大師様は天狗等の競う処を
悉く問答降伏して足摺岬西方に駆逐しました。
「我が姿を残し置く、我が身の有限り衆障することなかれ」の
約束をして楠の大木に、御影を留められました。
現大師堂はその謂を守るが如く足摺岬に向って建立されています。



天 狗 問 答
金 剛 定 額
室 戸 伏 龍


金剛定額

室戸の崎を去る三十余町に一つの寺を建立して金剛定寺と名づける。
お大師様は天狗問答にて魔性の類を勝伏した後、結界して楠の大木に御影を
お刻みになり、当所及び法佛守護の御本尊として奉安したてまつる。
後の京都神護寺の大師像の原像と伝えられる。
当山では年一度旧暦三月廿一日の正御影供に法要を執行して一般にご開帳する。

南無大師遍照金剛 合掌


接待所 お茶とサツマイモを頂きました。 11時18分山門で一礼して
金剛頂寺を発ちました。
女坂 三十三歳 男坂 四十二歳 厄坂 金剛頂寺 土佐西寺 
坂道を下ります。
 室戸青少年自然の家
お遍路のシール ←二十六番金剛頂寺 二十七番神護寺→ ホース格納箱
お遍路のシールに従って歩きます。 鯉のぼりとフラフ
今年出て来た筍 水田に水が張ってあります。  田植えが間近ですね。
水が張ってある水田を見ながらどんどん歩きます。
←神峯道是ヨリ六里 道が分かれる処には、お遍路のシールが示しています。
お遍路のシールに従って歩きます。
お遍路のシールに従って歩きます。
何処までも歩き続けます。
二十七番 神護寺 国道まで1.8㎞→
五丁
揺るがない
心が決める
大師の教え
高野山 真言宗
備中青年教師会
平成二十一年・二十二年


上り坂ですね。

花や虫は
みんなあなたの
御先祖様
慶應四辰年二月とは明治元年ですね。
道祖神
逢う人みんなが
あなたの大師
六丁 昨日は昨日
大事なのは
明日です
まだまだ山道は続きます。
ようやく海が見えて来ました。
黒耳大師堂
風吹きて
戻る心の
前へ出る
26番札所 金剛頂寺登口→
←27番札所 神護寺
キラメッセ室戸 南国の街路樹 鯨の郷 キラメッセ室戸
鯨の郷 ただ今満席となっております。
お名前を、ご記入下さい。
12時07分、中に入って待ちます。
海を見ながらお料理を待ちました。 12時12分注文したお料理が出て来ました。
キラメッセ室戸 鯨の郷 鯨の郷 お客さんがどんどん見えます。
キラメッセ室戸  鯨の郷 黄色い花が一面に咲いています。
通っている車を見かけません。 鯨の郷 くじら館 55号線 室戸市吉良川町
ようやく1台来ました。 生産者直売 びわ 次に2台目の車が来ました。
バス停 黒耳第三 高知まで71㎞ 徳島県庁より142㎞ 6分後に次の車が来ました。
一歩が  不可能を  可能にする
この高さまで上がります。 右の道を行きます。 ←傍士漁港
←傍士漁港  第27番札所
神護寺
大師を慕う
修行旅
この道や石佛には思い出があります。
ここで休憩しました。 波切不動尊のお札が見えます。
珀也  牛若丸と弁慶のフラフ
ひか志乃かわはし
鯉のぼりとフラフ 東ノ川 神峯寺へ24㎞
これより左へ60m先を
右へ3㎞行くと国道へ
鯉のぼりとフラフ  聰太
吉良川町の古い民家の町並み
吉良川町の古い民家の町並み
吉良川町の古い民家の町並み    備長炭が吊り下がっています。 高知銀行
吉良川まちなみ館
小松屋呉服店
吉良川の町並みは、備長炭の繁栄と共に先人の手によって建築されました。
白壁や水切り瓦の建物といしぐろなどにより形成された町並みです。
鯉のぼりとフラフ
平成9年10月31日に国の文化財である「重要伝統的建造物群保存地区」に認定されました。
通学路 吉良川地区教育をすすめる会
左側には新しい吉良川大橋が架かっています。    こちらは古い橋です。 西ノ川
吉良川町の町並みが続きます。
室戸市吉良川市民館 バスがやって来ました。  行き先はよく分かりません。
墓地のようです。 トイレ
吉良川の町並み案内 旧土佐街道  国道55号 国道55号線に戻ります。
室戸阿南海岸国定公園  立石海岸
国道55号線を北上します。
高知まで66㎞    現在地は徳島県庁より147㎞  二十七番 神峯寺 21㎞→
                                  ←11㎞  二十六番 金剛頂寺
室戸 特産 びわ
高知まで65㎞    現在地は徳島県庁より148㎞  二十七番 神峯寺 20㎞→
                                  ←12㎞  二十六番 金剛頂寺
国道55号線
羽根町 坂口
高知まで64㎞    現在地は徳島県庁より149㎞  二十七番 神峯寺 190㎞→
                                  ←13㎞  二十六番 金剛頂寺
浪穏やかな太平洋
バス停 羽根船場
警察 駐在所 →
鯉のぼりとフラフ
羽根川
羽根川橋
羽根郵便局
四国のみち 高知まで63㎞ 室戸市 二十七番 神峯寺 18㎞→
←14㎞ 二十六番 金剛頂寺
へんろ道は国道55号線から分かれます。
へんろ道を進みます。
地蔵信仰が盛んな地域でしょうか。
立派な庭木ですね。 枝振りが素晴らしいです。 室戸市立羽根市民館
赤木谷川    あかぎたにはし
へんろ道 中山峠へ 
                 へんろ道              ↑
へんろ道 ↑
へんろ道 ↑
へんろ道 水田の脇を通ります。
山道に入ります。
心をあらい 心をみがく へんろ道  鯖大師 沙門明善
竹林
← 神峯寺 遍路道 中山峠 草刈奉仕団
室戸市羽根町
田渕俊一
まだまだ遍路道は続くようです。
案内に従って歩きます。
遠くに見えるのは、羽根岬でしょうか。
遍路道
車道を横切ります。
また山道に入ります。
階段状の道を上がります。
ビニルハウスでは、スイカが栽培されてました。大きい球になっています。
普通の道になりました。
人が作業しています。
水が張ってあります。
何処までも歩き続けます。
民家のようです。
近くして 見がたきは 我が心
へんろ道
へんろ道 漁港が見えて来ました。
加領郷漁業協同組合 民家まで降りました。
奈半利町コミュニティ消防センター 加領郷消防屯所
災害時 避難所 加領郷小学校 ←加領郷漁港
弘法大師霊蹟
弘法大師霊蹟 遠くに見えるのは何処でしょうか。
太陽が眩しいです。 高知まで59㎞ 奈半利町
二十七番 神峯寺 14㎞→ 国道55号線は右にカーブしています。
国道55号線に沿った歩道を歩き続けます。
バス停竹ヶ谷 高知まで58㎞ 奈半利町
二十七番神護寺
13㎞→
二十六番金剛頂寺
←19㎞
高知まで57㎞
ドライブイン なぎさ
鯉のぼりとフラフ 祝 岡松大和 平成十七年       祝 岡松大翔 平成二十年
フラフ 大翔 私のお遍路姿 格好いいオートバイ
ショップ ヨシダ    このお店が見えると今日泊まる処は近いです。   ホテルなはり
ホテルなはり 窓が開きません。
今日もよく歩きましたので夕食後すぐに寝ました。約28㎞になりますか。 豪華な夕食です。