第二期 六日目
平成22年5月4日

高知  最高気温26.2℃ 最低気温15.9℃ 晴れ
      
(大日寺 ~ 摩尼山 國分寺 ~ 土佐神社 ~ 高知駅)

廿九番霊場 摩尼山 國分寺 宝蔵院
               まにざん      こくぶんじ      ほうぞういん

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 摩尼山 國分寺

 真言宗智山派

 御本尊 千手観世音菩薩

 オン

 バザラタラマ

 キリク

 御詠歌

 国を分け

 宝を積みて

 建つ寺の

 末の世までの

 利益残せり

御朱印 御影

國分寺の歴史・由来

土佐の国分寺といえば、平安中期の歌人、紀貫之(868〜945頃)が浮かんでくる。
とくに貫之が著した『土佐日記』は、女性の筆に託して書かれた仮名日記であることはあまりにも有名であるし、
貫之が国司として4年間滞在した国衙は、国分寺から北東1㎞ほどの近くで「国分寺共々土佐のまほろば」と呼ばれ、
土佐の政治・経済・文化の中心地であった。

聖武天皇(在位724〜49)が『金光明最勝王経』を書写して納め、全国68ヶ所に国分寺を建立したのは天平13年のころ。
土佐では行基菩薩が開山し、天下の泰平と五穀の豊穣、万民の豊楽をねがう祈願所として開創された。
歴代天皇からの尊信が厚く、加護をうけてきた。
縁起によると、弘法大師がこの地を巡錫したのは弘仁6年(815)のころで、毘沙門天像を彫造して奥の院に安置された。
その際に本堂で真言八祖に相承される厄除けの「星供の秘法」を修められた。
以来、土佐国分寺は「星供の根本道場」となっている。

本尊千手観世音菩薩を祀る国分寺の本堂(金堂)は、長宗我部国親元親親子が、永禄元年に再建。
外観は柿葺き、寄棟造りで天平様式を伝え、内部の海老紅梁は土佐最古といわれ、室町時代の特色が見られる。
現在国の重要文化財に指定されている。
また、仁王門は明暦元年(1655)、土佐2代藩主・山内忠義公の寄進で建立され、現在の仁王門は昭和の初めに再建され、二層造りである。
1250年余の面影を残す境内地は、全域が国の史跡に指定され、杉苔が美しい庭園で「土佐の苔寺」ともいわれる。



                                                                                                      
9時過ぎ、國分寺まで後8㎞地点まで来ました。
人にも自動車にも会いません。
橋すれすれまで水位が上がっている川に出会いました。大雨の時心配ですね。
 29番 国分寺
       195 香美
南国 372
500m
一級河川
物部川
車道と分かれているので気楽に歩けます。
物部川の流れを見ながらゆっくり歩きます。
物部川  へんろ道 橋を渡り終えました。
← 二十九番 国分寺 カーブミラーに紅いシール
近付くと貼ってあるのが分かりました。
韮の苗ですね。
二十九番 国分寺 → ヘンロ → ハウスの中には
韮が大きく育っています。 外の畑には
葉たばこが栽培されています。
大日寺   修行の道場   国分寺 29
遍路シール↑
←二十九番 国分寺 二十八番大日寺
遍路道
二十九番 国分寺 
遍路道 へんろ小屋 松本大師堂
ここで休んでいると、「軸を盗られないように気を付けなさい。」と忠告されました。
甚兵衛桜

三十五町 左 國分寺
一面水田です。
周防と微かに読めますが・・・
風雨に晒され顔が分かりません。