第二期 二日目
 
平成22年4月29日
                      
徳島   最高気温 19.6℃  最低気温11.2℃  雷雨後晴れ
      
                        土佐の國東洋町より尾崎 民宿徳増まで歩く
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7時46分に明徳寺(東洋大師)を発ち、一路室戸岬を目指して歩き続けます。
大黒様の瓦屋根が現れて来ました。
続いて恵比寿様、大黒様が現れて来ました。
交通安全運動実施中 アクアエリス・お茶が150円 ← 警察 駐在所
東洋町消防分団野根分団 遊漁券發売所
野根川漁業協同組合
高知銀行
ツバメの巣  24番 野根の町並みが切れます。
みなとくぼばし
一面田圃が広がっています。
港久保橋
二級河川
野根川
高知県
私のお遍路姿の影です。
流れが急な野根川です。
向こうに見えるのは野根大橋です。
川を美しく      ← 24番 地蔵堂
地蔵堂
崖が迫っています。
へんろ道から自動車道に出ます。
野根大橋
晴れていると歩きやすいです。
だいぶ鳥が舞っています。
野根漁港 55号線 東洋町 番谷台
通行規制について
これより8.9q(高知県室戸市
佐喜浜港入木まで)の間は
下記の場合に通行止をします

1.連続雨量が
250ミリに達した時
2,パトロールにより道路が危険と
 思われた時
国土交通省
土佐国道寺務所
水準点
室戸阿南海岸国定公園
伏越ノ鼻
 通行止めについて
 
事前通行規制区間(安芸郡東洋町野根〜室戸市佐喜浜入木間)は大雨時、
連続雨量250mmで通行止めになります。
またパトロールにより落石・土砂崩れの危険性が高い時にも通行止めになる場合があります。
それは万が一の被害を未然に防止するためのもので、皆様にご協力いただいています。
時には「晴れているのにどうして通してくれないの?」という問い合わせをいただきますが、
雨がやんでも、2時間程度は雨水が山に蓄積されて
土砂災害の危険性が高まっているので解除できません。
通行止めの解除は、雨がやんでから2時間以上経過し、
パトロールにより安全の確認をしたあとになります。
ただし夜間は十分な安全確認ができませんので、
翌朝にパトロールにより安全の確認をしたあとになります。
ご理解ください。
 
事前通行規制区間 大きな被害が出ていたかも・・・ 海に寄す
伏越ゆ行かましものを守らひに
打ち濡らさえぬ波數(よ)まずして
万葉集 (巻7・1387)
  万葉集の注解によれば、この歌の「伏越」の所在は未詳であるが、
一説にこの伏越ノ鼻であるとも言われているらしい。
あるいは、富士越で足柄から富士山と愛鷹山との間を通って、
清見が関へ出る道とも言われているようだ。(お遍路紀行より)
 
車が突然止まって宿の勧誘を受ける。 55号線
高知まで114q
室戸まで36q
東洋町
二十四番 最御崎寺
33q →
二十三番 薬王寺
← 45q
網の手入れをしているようです。
こんな大きな網で何を捕るのだろうか。
打ち寄せる波が砕けて細かい白い泡が出来ます。
室戸岬はずうっと先のようです。
蒼い海と白い波を見ながらただひたすら歩き続けます。
国道55号線
東洋町
御水谷
だいぶ波が穏やかです。
海を見ていると飽きません。
時が経つのを忘れて海を見続けています。
今晩泊まる予定の宿には連絡をしてあるので心配ないです。
お遍路宿への宿泊の約束は、遅くとも泊まる日の朝までに宿に連絡をすることになっています。
私は、家を出る前までに全て予約を入れております。
もしも身体に異常を発した場合はすぐに変更の連絡をしますが、
そのようなことはありませんでした。
しかし、見ていると同じ形の波はないですね。
岩はずうっと堪えているようですね。
いつまでも波を見ていると、全く進まないですね。
この調子では宿に着かないですね。      今、8時52分です。
室戸岬までは遠いですね。
55号線
高知まで113q
室戸まで35q  
東洋町
海岸の石が丸いですね。


ゴロゴロの浜(とび石はね石ころころ石)

丸い石ばかりのゴロゴロ浜は「土佐の音100選」の一つ。
波が打ち寄せ引き返すたびに丸石が転がってゴロゴロと鳴る。
四国遍路がゴロゴロ石を懐に入れると弘法大師のご利益を受けるとされる。
淀ヶ磯は俗に「とび石はね石ごろごろ石」という。
岩から岩へ飛び移り、石から石へ跳ねながら、ゴロゴロ石で転ばぬよう、
荒波よせる遍路道を通ったのであった。
(お遍路紀行より)

水準点
55号線
東洋町
クロイソ
歩けど歩けど室戸岬ははるか彼方です。 これは何でしょうか。
イタドリ 空は何処までも蒼いです。 道は続いています。
55号線
高知まで112q
室戸まで34q  
東洋町
同じような景色です。
お遍路さんが追い抜いて行きます。足取りが違いますね。
波しぶきが疲れを忘れさせます。
55号線
高知まで111q
室戸まで33q  
東洋町
よどがいそばし
よどがいそばし 淀ヶ磯橋
水準点 室戸岬まではまだまだですね。
東洋町
大谷
あと何qでしょうか。
石が丸くなっていますね。
あの先の方が室戸岬でしょうか。 55号線
高知まで110q
室戸まで32q  
東洋町
魚寄せ地蔵 文化六年 ご参拝ご苦労さまです。
トイレと水があります。
ごゆっくり休憩して下さい。
即身成佛 法海上人堂
南無大師遍照金剛 リュックを置いて祠の方に上がって行きます。
即身成佛  法海上人堂
やぶれがさ? マムシ草 これは何の草でしょうか。
花なのか、実なのか? 水準点
24番 28q
法海上人
左右が逆になってきています。どうも感覚が違うような気がします。
画像の左右がよく理解出来ません。
ナゲ谷橋
55号線
高知まで109q
室戸まで31q  
東洋町
漁船らしき船が見えます。何隻かいます。
国道を室戸岬に向かって南下します。
寝袋を積んで走って行きます。 55号線
高知まで108q
室戸まで30q  
東洋町
田圃にしては荒れていますね。
人家ですが、人は住んでいるのでしょうか。
国道55号線   室戸市水尻谷
室戸阿南海岸国定公園  水尻海岸
55号線
高知まで107q
室戸まで29q  
室戸市
自転車だと速くていいですね、寝袋を積んでいます。
国道55号線  室戸市  佐喜浜町
黄色くなっている木はなんでしょうか。
55号線
高知まで106q
室戸まで28q  
室戸市
紅いお遍路のシールは右斜めを差しています。
自転車は速いですね。 異常気象時
通行規制区間
終  点
右へんろ道
番外霊場
佛海庵
右のへんろ道を進んで行きます。
入木川でしょうか。 田圃が広がっています。
田植えが進んでいます。
田植えが済んだ田圃です。
佛海上人百五十年法會碑 佛海庵

佛海庵
佛海は伊予北条市の生れ、宝暦十年(1760)この地に駐錫し
佛海庵を起して、淀ヶ磯難渋の遍路を救い、
衆生救化に尽した 宝篋印塔を建て
明和六年旧十月一日塔下暗室で即身成佛した。七十歳
前全国霊場を巡り修行して木食の境界に入る
四国八十八ヶ所巡り二十四回に及し、
地蔵尊像彫刻三千体に達したと云ふ。


奉納
仏海庵
仏海上人
入定之地
宝篋印塔

この仏海庵は、その名の通り仏海という人物が建てたそうだ。
諸国の霊場巡礼を行っていた仏海は、宝暦10年(1760年)にこの入木に留まり庵を結んだ。
数多くの石仏を築いて近隣住民からの信奉も篤く、
また淀ヶ磯の難所に苦渋する遍路の支援にもあたったという。
仏海は明和6年(1769年)に宝篋印塔下の暗室で入定し、即身成仏したそうだ。
徹底した木食修行(木の実や草だけを食べる修行)の後に、
自らの意志で地下に封じられそのまま亡くなる即身成仏。
現代の倫理や価値観では計り知ることのできない壮絶な行為に敬意を表しつつ、
丁重にお参りをさせて頂いた。
                          (旅行記 四国八十八箇所霊場 歩き遍路より)

仏海や
静かに深し
果しなし
幸を祈る
人の波
作詞 藤本光吉
また遍路道に戻ります。
菅笠と金剛杖を置いて一休みします。
遠くに鯉のぼりが見えます。
また自転車のお遍路さんに抜かれました。 高 知104q
室戸岬21q
広葉樹林帯が続きます。 55号線
高知まで104q
室戸まで26q
室戸市
このバスは高知のバスですから高知まで行くのでしょう。
この樹木の名前は何というのでしょうか。見事な黄色ですね。
へんろ道 24番 
交通安全
55号線
高知まで103q
室戸まで25q
室戸市
矢印が左斜め上になっています。 先を見ますと
ここで左斜めに入るわけですね。 鯉のぼり
鯉のぼり
鯉のぼりと大きなフラフがあります。

染屋の仕事は、腕一本 土佐の豪気を染める心意気

 フラフは、90cmまたは110cm巾の布をつないで大きな1枚のキャンバスに仕立てる。
布は木綿と決まっていて、染料と顔料で鮮やかに染め上げる。
絵柄は桃太郎や金太郎、勇壮な武者絵などさまざまで、
最近はオリジナルのフラフを希望する人も多い。
 フラフの製作はすべて手描きで、1枚仕上げるのに1か月半ほど要する。
まず、下絵の上に布を広げ、もち米の粉を蒸して煮た糊で筒描きし、
染料や顔料が混ざらないよう堤防を作る。
支柱を2本立ててその間に布を張り、表から裏から丁寧に彩色していく。
乾いたら背景となる部分を染め、家紋や名前を入れる。
色止めをしたら水洗いをして糊を落とし、川で流し洗いを して仕上げる。
最後はミシンで縫い合わせて完成となる。
夏は糊が腐敗したり、湿度が高いとカビが生えたりするため、作業は冬が適しているという。
 天候によって糊の硬さを変え、 布に水を含ませてから色をのせるぼかし染めは、
水の乾き具合と刷毛を動かすスピードがポイント。
職人の勘が生む「塩梅」がそこにある。
 現在では、柱を立てる場所・ 保管する場所がないことから、
室内用のミニフラフの需要が増えている。


フラフの歴史

 フラフは「旗」を意味するオランダ語・英語が語源と言われ、大漁旗をイメージしてできたもの。
男児の健やかな成長を願って、端午の節句にこいのぼりと並んで立てられる。
男児誕生の祝いとして、親戚から家紋や名前を入れたフラフが贈られ、
近所の人々が手伝って柱を立て、節句にはおきゃくをして皆で祝いの酒を飲むのが慣わしだった。
 南国市より東の沿岸部に始まり、 幟に比べて揚げ降ろしが容易なことから、
春先に繁忙を極める農家にも広がっていった。
 香美市土佐山田は物部川の恵みを生かした染物が盛んで、最盛期には十数軒が軒を並べた。
五月晴れの空に鮮やかなフラフがはためく光景は、土佐の勇壮な原風景である。

                       (高知市 土佐の手づくり工芸品より)

仙頭尚一朗 織台 八幡宮
佐喜浜 八幡宮 佐喜浜八幡宮
1232年(天福元年)鎌倉時代
京都石清水八幡宮より勧進して創られ
佐喜浜全町民の氏神
鯉のぼりとフラフ へんろ道を進んで行きます。
佐喜浜川
佐喜浜川 子供たちが通ります。
この方にお接待を受けました。
ありがとうございました。 合掌
佐喜浜港
やたらに鳥が多く飛んでいます。

源内槍掛けの松


佐喜浜城主の大野家源内左衛門貞義が
長宗我部元親の阿波侵攻の道を開くのを
はばむため戦った佐喜浜合戦は有名である。
寄手300人、佐喜浜方200人がこの戦で討死したと言われる。     
源内は縦横無尽に戦い、えびす堂前、
本陣の前の松の木に槍を打ち掛け、
一息入れ寄せ手の沢田太郎右衛門と対決したが
源内左衛門は突き伏せられ、
佐喜浜勢は総崩れとなり、老人、子供までも殺されて、
生き残りは20〜24人であったと言われる。
松は昭和6年(1931年)3月20日に倒れて今は無い。
            室戸市教育委員会

   佐喜浜港からへんろ道に戻ります。             赤いのが左側ですから白いのは右側ですね。
佐喜浜港導燈  初点 昭和31年2月26日 国道55号線です。
高 知 100q
室戸岬 17q
国道55号線から逸れて脇のへんろ道を進んで行きます。
わずか歩いて、また国道55号線に戻りました。
久しく白い波頭と茶色い岩肌を見続けて歩きます。
一段と高い波しぶきです。
波が激しくなってきました。
55号線
高知まで99q
室戸まで21q
室戸市
現在地は
徳島県庁より

114q
24番最御崎寺18q
←60q薬王寺23番
先の方に特徴のある岩が見えて来ました。 白い建物が見えます。
14時11分    佐喜浜町 尾崎
14時13分 ロッジ尾崎
何という花でしょうか。
ただひたすら海を見ながら歩き続けます。
釣りをしているようです。一人で危なくないですか。
波が大きくなってきたような気がします。
波乗りが出来たら海に飛び込んでいることでしょう。
しかし、いい処ですね。ずうっといても飽きません。
この調子ですと、雨は降りませんね。
山の緑と海の蒼さがずうっと続きます。
岩かと思いましたら人の頭でした。サーファーがいるんですね。
時を忘れて海を見続けていました。
波は押し寄せながら何を思っているんでしょう。
繰り返し繰り返し押し寄せる波しぶき
押し寄せた波の最後は泡となり消えてしまいます。
一際大きな波が押し寄せて来ました。
金剛杖の先端の右にはロッジ尾崎が見えます。
絵になるような静かな打ち寄せる白い波
目印となるような岩の姿も大きくなってきました。
尾崎橋  高知まで98q
      室戸まで20q
自転車のお遍路さん
15時32分 今晩お世話になります民宿徳増に着きました。 四国霊場 先達推薦の宿
部屋に案内されました。
お茶を飲む前に 洗濯をします。  遅くなると洗濯機が混んで待たされるますから。
洗濯機使用は無料です。 乾燥機の使い方が細かく書かれてました。
部屋は、はまあざみです。 結構部屋がありますね。 ゴミは分別です。
豪華な夕飯です。
美味しくそうですね。
ご飯・吸い物・香の物・タケノコの煮物 刺身・天ぷら・煮魚