第二期 一日目
平成22年4月28日
                      
徳島   最高気温 18.2℃  最低気温10.9℃  晴れ後曇り
      
阿波の國 海部より土佐の國 東洋町まで歩く
                        

アクセスカウンター
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13時18分海部駅を発ちました。 橋梁に海部駅の表示があります。
エプロンを掛けたお地蔵様です。 ←二四番 最御崎寺 四七q 二三番 薬王寺 四三q→
海の水が蒼いです。
白い波しぶき
まるで海の水に描いた線のようです。
55号線 室戸まで52q
南部バス 小那佐 のりば
55号線 室戸まで51q
四国のみち ホテル 那佐  田植えが済んだ田圃 
烏野豌豆
満開のツツジ
13時59分 水準点 石で囲まれています。
田植えが済んだ田圃
田植えが済んだ田圃
アヤメ 室戸 50q    甲浦 7q
梅の実がたわわになっています。
白いのは鷺でしょうか。
穏やかな海です。
時折白い波しぶきが上がります。
動物の形に見えます。
鴨ですか浮かんでいます。
55号線 室戸まで49q しかし穏やかな海です。
コンビニエンスストア ラーメン・ギョウザ 豚皇 また鉄道の下を通ります。
南部バス 走出 のりば
 旧土佐街道
旧土佐街道 民宿はるる亭 55号線 室戸まで48q
みんなで育てよう阿佐東線 旧土佐街道 古道
海は何処までも蒼く
澄んでいます。
室戸・甲浦
55号線 室戸まで47q 道の駅 宍喰温泉 →
工事中のようです。
泳いでいる人たちがいます。
寒くないのかな。
宍喰大橋
甲浦港
55号線 室戸まで46q 民宿えびす
水床トンネル 長さ638m
水床トンネル 高知県 東洋町
人家に入りました。
甲浦港
甲浦港
津波避難場所 金刀比羅宮
南部バス 甲ノ浦東 のりば いつでもどこでも確認しよう
旅館 東屋 南部バス 甲ノ浦 のりば 旅館 きみえ
狭い路地裏に入ります。
恵比須神社
自動車道に出ました。
大海原
白浜海水浴場

「山頭火行乞日記」の碑

自由句俳人種田山頭火は、
明治15年12月3日大地主種田家の長男として山口県防府市に生まれる。
名は正一、幼くして母を失い家運衰勢の中、
明治35年早稲田に入学するが、同37年病を得て中退。
同42年妻サキノと結婚、1子を儲ける。
しかし、厳しい現実に生活も心も乱れて、やがて離婚。
大正2年萩原井泉水に師事して句作に没頭する。
以後、多くの友人知己の援助を得て九州中国四国等を行乞、
多数の秀句と日記著書を残した。

酒と句をこよなく愛して生涯を旅にくらしたが、
無垢の心眼は自然や人情をありのままにとらえ、
その句はピカソや山下清の絵に相通じるものを感じさせる。

濁れる水の流れつゝ澄む

分け入っても分け入っても青い山

流れ歩いて己の業に挑む山頭火には
命終のその日までただ歩くよりほかなかった。

晩年四国行乞の旅に出た山頭火は甲浦(みなと屋)に一泊、
この町の美しい自然や人情に感動、
その模様を日記に残して旅たったが、
この碑はその自由人の足跡を後世に伝える記念碑である。
日記には三福屋とあるが、甲浦には当時も今も三福屋はない。
多分みなと屋の間違いであろうと思われる。

昭和15年10月11日早朝、松山一草庵にて脳溢血のため死去。
享年59歳であった。   合掌

この碑の前に立つ時、きっとあなたは日々のストレスに傷つき、
永い間忘れていた己心の山頭火に再び出会うことが出来るでしょう。

平成12年(2000年)5月3日 甲浦未来会建立
                                            (お遍路紀行より)


波音おだやかな夢のふるさと

秋風こんやも星空のました

わがいのちおはるもよろし

生き身のいのちかなしく月澄みわたる

波音の松風の秋の雨かな

歩くほかない秋の雨ふりつのる


                          (お遍路紀行より)

お遍路さんでしょうか、歩く速度が速いですね。
かんうらしんばし 甲浦駅 右折
55号線 
高知まで121q
室戸まで43q
東洋町
現在地は
徳島県庁より
92q
二十四番 最御崎寺
40q →

二十三番 薬王寺
← 38q
白浜海水浴場
国道55号線 東洋町青少年旅行村 白浜海水浴場
交通安全
東洋大師
道ばたに親子の像があります。
交通安全
東洋大師
水準点
甲浦坂トンネル 長さ150m
生見海岸
生見海岸
生見海岸
生見海岸
室戸阿南海岸国定公園
生見海岸
民宿・食堂
南  風
今晩お世話になります宿です。 美味しそうな夕食です。
やはり三杯飯を頂きました。