関東三十六不動霊場
関東三十六不動霊場
第廿一番霊場 川崎大師東京別院
薬研堀不動院 薬研堀不動尊

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平成廿三年八月四日

4日 東京大手町    最高気温  31.1℃   最低気温   24.3℃ 晴れ時々曇り

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川崎大師東京別院
薬研堀不動院

薬研堀不動尊

大光明(だいこうみょう)童子

真言宗 智山派

御詠歌

ざんにんの

こころをおとす

やげんぼり

みょうおうさまが

すくうひとさじ

御朱印 御影 大光明(だいこうみょう)童子


薬研堀不動院の縁起
薬研堀不動院は、天正13年(1585)豊臣秀吉による根来攻めに際して、根来寺の大印僧都が不動尊像を背負って東国へ逃れ、当地に創建したと伝えられます。

「中央区史」による薬研堀不動院の縁起
薬研堀不動院
本尊は紀伊国根来山大伝法院開山興教大師の作と伝え、天正十三年秀吉の根来攻めのとき、釈大印という僧が、葛籠に納めて逃れ、家康入国前に薬研堀に来て草庵を結んだにはじまるという。
霊験ありとし人々の参詣が多かったが、天保年中、本所弥勒寺中へ移され、維新後、有縁の旧地に移り咲いて仏殿を造営し、毎月二十八日の縁日に門前賑わいを呈した。
今は昔日繁盛の悌も残していない。(「中央区史」より)


川崎大師平間寺栞による薬研堀不動院の縁起
大本山川崎大師平間寺東京別院薬研堀不動院は、古くから目黒(目黒不動龍泉寺)、目白(目白不動金乗院)と並んで江戸三大不動として知られ、「江戸名所図会」をはじめ多くの文献に紹介されています。
御本尊・不動明王尊像は、崇徳天皇の代、保延3年(1137)真言宗中興の祖・興教大師覚鑁上人が四十三歳の厄年を無事にすまされた御礼として、一刀三礼敬刻され、紀州・根来寺に安置されたものです。
その後、天正13年(1585)、豊臣秀吉勢の兵火に遭った際、根来寺の大印僧都が尊像を守護して葛龍に納め、それを背負って東国へ下りました。
やがて隅田川のほとりに有縁の霊地を定め、堂字を建立しました。
これが薬研堀不動院のはじまりです。
幾多の変遷がありましたが、明治25年(1892)真言宗智山派大本山川崎大師平間寺の別院となり、今日に至っています。
                            (川崎大師平間寺栞より)


薬研堀不動尊
真言宗智山派大本山川崎大師平間寺の東京別院。
古くから目黒、目白と並び江戸三大不動として知られています。
御本尊(不動明王)は、平安時代末期の保延三年(1137)に真言宗中興の祖と仰がれる興教大師・覚鑁上人(こうぎょうだいし・かくばんしょうにん)が、43歳の厄年を無事にすまされた御礼として一刀三礼敬刻され、紀州・根来寺(ねごろじ)に安置されたものです。
その後、天正十三年(1585)、豊臣秀吉勢の兵火に遭った際、根来寺の大印僧都(だいいんそうず)はそのご尊像を守護して葛篭(つづら)に納め、それを背負ってはるばる東国に下りました。
そして、隅田川のほとりに有縁の霊地をさだめ、天正十九年(1591)、そこに堂宇を建立しました。
これが現在の薬研堀不動院のはじまりです。
その後、明治二十五年(1892)より川崎大師の東京別院となり現在に至っています。
また、順天堂の学祖と仰がれている佐藤泰然(さとうたいぜん)が、天保九年(1838)に和蘭(オランダ)医学塾を開講した場所でもあります。
ちなみに、薬研堀とは現在の東京都中央区東日本橋にかつて存在した運河のことです。                        (散歩日和より)


講談発祥記念之碑
元禄の昔、講釈師・赤松清左衛門(あかまつせいざえもん)は浅草見附(あさくさみつけ)に小屋をたて、『太平記評判秘伝理尽鈔(たいへいきひょうばんひでんりじんしょう:「太平記」の注釈書)』をよんだ。
小屋は「太平記講釈場」とよばれ、寄席の始まりとされ、江戸講釈の発祥となりました。
安政年間(1855~60)、「太平記場起原之碑」が建てられました。
この碑はその後、当不動院境内に移され、大正十二年(1923)の関東大震災まで名物となっていました。
震災により碑は消滅し、昭和五十九年(1984)弘法大師一千百五十年御遠忌を記念し再建されました。
                                  (散歩日和より)


遍路大師尊像
京都の仏師・長田晴山(ながたせいざん)が原型を制作、同じ京都の高橋鋳工場で鋳造されました。
昭和五十九年(1984)弘法大師一千百五十年御遠忌を記念し造立されました。                              (散歩日和より)


順天堂発祥之地碑
当地は、順天堂の学祖・佐藤泰然(さとうたいぜん)が、天保九年(1838)に和蘭医学塾(おらんだいがくじゅく)を開講した地です。
これを記念し、学校法人・順天堂により、昭和五十七年(1982)に建碑されました。                             (散歩日和より)


梵字佛薬研堀不動三尊
薬研堀不動院開創四百十五年祭記念碑。
梵字書家 三井奝円(みついちょうえん)。
不動三尊は、不動明王(梵字:カンマン)の右(向かって左)に制吒迦童子 (せいたかどうじ,梵字:タ)、左(向かって右)に矜羯羅童子(こんがらどうじ、梵字:タラ)を配置しています。              (散歩日和より)

聖徳太子碑(しょうとくたいしひ)
寺が移転してくる前からあり、鳶職(とびしょく)の人々が聖徳太子を祀ったという。                              (散歩日和より)


    
森下駅で都営新宿線に乗ります。
今、12時58分ですから13時04分発の笹塚行きの電車に乗れますね。
13時03分に電車が入って来ました。 馬喰横山駅に13時07分に着きました。
やげん掘不動尊  徒歩3分 道路に出ると案内板が目の前にありました。
薬研堀不動院
建物の上層の屋根は八角形になっており、多宝塔をモチーフにしたデザインとなっています。


弘法大師さまのことば
よく誦しよくいうこと
鸚鵡もよくなす
言って行ぜずんば
何ぞ猩々にことならん

大本山川崎大師東京別院
薬研堀 薬研堀 不動院
薬研堀不動尊
不動明王の御真言を唱えてお寺を発ちました。 東日本橋駅
東日本橋駅のホームに行くと、赤い電車は都営浅草線 青い電車はJR総武線でしょうか。