関東三十六不動第二十番霊場 成田山 新勝寺 東京別院 深川不動堂
関東三十六不動霊場
第二十番霊場 成田山 新勝寺 東京別院
深川不動堂

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平成廿三年八月四日

4日 東京大手町    最高気温  31.1℃   最低気温   24.3℃ 晴れ時々曇り

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成田山 新勝寺 東京別院

深川不動堂

因陀羅(いんだら)童子

真言宗 智山派

御詠歌

ありがたや

成田み山に

まいるみは

ごまのけむりに

あうぞうれしき

御朱印 御影 因陀羅(いんだら)童子


成田山深川不動堂の縁起
成田山深川不動堂は、元禄16年(1703)に永代寺で行われた成田山新勝寺本不動明王の出開帳に起源を持つといいます。
並行して成田山新勝寺の江戸における出張所が日本橋坂本町に設けられており、明治維新による永代寺廃寺に伴い、この成田山新勝寺出張所が浅草御蔵前・深川吉祥院への移転を経て、明治2年に深川不動堂となったといいます。


「江東区の民俗深川編」による成田山深川不動堂の縁起
深川不動堂
元禄年間に江戸町人に成田山の本尊不動明王を江戸で参拝したいという気運が高まり、元禄16年(1703)に開帳が深川永代寺境内で行われた。
成田山出発の総勢は300人を超える行列が組まれ、江戸まで一週間ほどかけて本尊が運ばれ、二か月あまり開帳された。
明治に入り、永代寺は廃寺となり、境内は深川公園となる。
明治2年(1869)、現在地に深川不動堂が認められ、明治14年に本堂が完成する。
大震災・空襲で二度にわたり本堂が焼失し、再建され、平成3年に本坊・客殿・奥殿を再建する(「成田山深川不動堂」)。
成田山不動堂は下総国成田山新勝寺の出張所で、はじめは出張所を日本橋坂本町に設けた。
その創設年代は不明である。
天保12年(1841)に浅草御蔵前八幡神社(現:蔵前神社)内に移転。
明治2年、深川吉祥院境内へ移転。
明治11年、旅宿を不動堂と改称する。
明治14年、成田山不動堂完成、大仏供養(「新撰東京名所図会」)。
本堂が完成してから十数年後、明治31年に日清戦争勝利を記念して大きな石造燈明台が燈明講の手により奉納され、その台石正面に当時の有名歌舞伎役者九世市川団十郎(屋号成田屋)の名前が彫られているように、深川不動尊は明治から多くの方々の信仰を集めていた。
現在でも、参拝者は多く、縁日などに月参りする信者は約10万人、正月三が日には200~300万人の信者がお参りするという。
                        (江東区の民俗深川編より)



深川不動尊 おねがい不動尊
おねがい不動尊
深川不動尊 不動明王秘仏
深川不動尊の護摩祈祷



               
JR総武線で平井駅から両国駅に向かいました。 
江戸東京博物館 都営大江戸線 両国駅 東京の交通 100年博
大門経由光が丘行 都営大江戸線って乗ったことないから全く分からない。方向も距離感もつかめない。
両国駅 電車が来ると緑色に表示されますね。
電車が入って来ました。
門前仲町
富岡八幡宮
成田山深川不動堂
5番出口
外に出ますと独特の鳥居がありました。

成田山
東京別院  深川不動堂
豆  塩

福 福
仲見世
縁日
二十一日
不動尊
ご利益通り
人情深川
深川
筑 寅  つくだに 深川丼  六衛門 御菓子匠
梅花亭
深川名物
きんつば
きんつば 鼓和れ こわれ 262えん 手焼きせんべい   其角
季節の京つけもの あさ漬け
味の深い 奈良漬け
近鳥創作 黄金づけ
京漬もの  近為 外壁に梵字(不動明王真言)を
散りばめてある本堂
開創310年を期に平成23年に完成。
深川不動堂 旧本堂
内陣 不動明王 浄財 カエルが口を開けています。
人が座り始めました。
阿字橋のご利益

橋の中央に映し出されているのは、梵字の「あ
(阿)という文字で、すべてのものの本質、つま
り大日如来という仏様を現しております。この
阿字橋にて阿字に照らされることによって、私
たちが常に仏様の慈悲の光を受けているという
ことを実感できるのであります。

~阿字の子が阿字の古里立ち出でて
また立ち帰る阿字のふるさと~

(阿字の古歌)


政廣作 不動明王像
中央にひときわ力強い木彫りの不動明王像が、 美しい須弥壇の上にご安置されています。
この仏像は、彫刻界の巨匠澤田政廣翁が最も円熟した1960年頃に製作されたものと伝えられる大変貴重な木彫仏像です。
天国の宝剣加持厳修
深川不動尊では、成田山において古くから伝わる霊験灼かな宝剣加持を政廣作不動尊前にて、執り行っています。
◎縁日 日曜 祝日
午前11時/午後1時/午後3時の護摩後

澤田政廣
1894年~1988年、1979年に文化勲章受章




不動明王・ご真言

ノウマクサンマンダバサラダン・センダ
マカロシャダ・ソワタヤウンタラタカンマン

屏風絵 不動明王
                 
                 阿弥陀如来

                     阿弥陀如来は、無量寿如来または、
                    無量光如来とも言います。真言宗では
                    大日如来が姿を変えた仏のひとつと
                    考えられ、大日如来の具えている五つ
                    の智慧のうちの妙観察智されています。
                    妙観察智とは、人々の素質能力を観察
                    して自在に説法し、疑惑を絶つ智慧に
                    よって私たちへ法の道理を教えてく
                    れるのです。

御真言

オンアミリタティセイカラウン
佛説聖不動経
奉納
佛説聖不動経 二曲屏風
平成十八年九月十五日
奉書會 柳田泰山殿

                                    
                                      四国八十八ヶ所霊場巡り
    弘法大師によって開かれた四国八十八ヶ所霊場は、短い期間にできたものではありません。
   若い頃から修行された大師の集大成が八十八の霊場で、42才の頃の事跡が最も多い処から弘仁6年(815)の開基と伝えられております。
   又、お遍路の歴史は、伊予国の長者、衛門三郎が自分の非を悟り、大師のあとを追って廻ったのが初めとされます。
    古くは今昔物語や保元物語にも記され、平安末期には既に日本各地から霊場を訪れていたことがお寺に残っている諸書からも伺えます。
   八十八ヶ所の霊場は、四国山野にひらかれた心と体の修行道場であり、八十八の煩悩を除き八十八の功徳をもたらすと云われます。
   お大師様は、金剛杖によって窮礼者を見守り、諸願へと導いて下さります。

四国八十八ヶ所霊場の御本尊様

愛染明王


オン・マカラギャバゾロウシュニシャ バアラサトバジャクウンバンコク

愛染明王は、人間が本来持つ煩悩のうち、愛欲貪染の心を清らかな菩提心に転化させてくれます。
現代でも恋愛や良縁を祈願される多くのご信徒様の信仰を集めています。
通常は、左手に矢をつがえた弓を持つ姿に対し、当堂の愛染明王は弓と矢を頭上にかざした天弓の形をとる珍しいお姿をしています。

大日如来
大日如来蓮池図 大日如来
大日如来
大日如来
天井画
内仏殿御案内 お勤めが始まりますので皆さん席にきます。
梵字の本堂 旧本堂前では工事が行われています。
新旧本堂 荼枳尼大尊(だきにたいそん)
香炉 開運出世稲荷
オン シンダマニ ダキニノウエ ソワカ

ノウマクサンマンダ ボタナン キリカク ソワカ

荼枳尼天尊(だきにてんそん) お稲荷さんのお使いをするきつねさん
 
勝軍地蔵尊

工藤保治翁ハ年齢十五歳ニシテ始メテ成田山
不動明王ヲ信仰シ終始其ノ加護霊験ヲ得テ光
明安心ノ生活ヲ営ミツツアリ、時恰モ長期聖
戦ニ際會シ特信深キ當堂境内ニ國威宣揚皇軍
戦捷出征兵士武運長久ヲ祈願スル爲メ勝軍地
藏尊像ヲ建立シ詣信スル者ヲシテ皆悉ク厄ヲ
除キ運ヲ開キ永ク福録ヲ享ケシメント爾云

昭和十四年五月
成田山深川不動堂主任
          権中僧正 野口照清

建立者 東京市本所區東両国二丁目十六番地
銅真鍮アルミニューム 地金商 工藤保治


百度石


御膳講

宝剣
第六方面
一番組

二番組


第一分署
ポンプ組
11時58分 お昼時になりましたので六衛門で冷やしそうめんセットをいただきました。美味しかったです。麵と御飯がいいんですね。