高尾山 薬王院 有喜寺
関東三十六不動霊場
              たかおさん  やくおういん  ゆうきじ  いづなだいごんげん
第八番霊場 高尾山 薬王院 有喜寺 飯縄大権現

その1 浄心門まで

その2 浄心門から山門まで その3 山門から本社まで その4 高尾山


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平成廿二年十二月廿五日

25日 八王子       最高気温  9.4℃   最低気温  -2.3℃ 快晴

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高尾山 薬王院 有喜寺公式ホームページ



高尾山 薬王院 有喜寺

飯縄大権現

質多羅童子

真言宗智山派大本山

御詠歌

高尾なる
  緑もふかき
   法(のり)の山
飯綱の
  御威(みいつ)永遠に
    変わらじ
御朱印 御影 質多羅(しつたら)童子

お寺の縁起

 正式名称「高尾山薬王院有喜寺」は今から1260余年前の天平16年(744)に、聖武天皇の勅令により東国鎮守の祈願寺として、
高僧行基菩薩により開山されました。
薬王院の名は創建当初、薬師如来をご本尊とした事に由来します。
現在は真言宗智山派の大本山として「成田山新勝寺」「川崎大師平間寺」「高尾山薬王院」が三大本山として知られております。
 
 南北朝時代の永和年間(1375)には京都醍醐山より俊源大徳が入山し八千枚の護摩供養秘法の後、
今のご本尊「飯縄大権現(いづなだいごんげん)」を奉祀し中興されました。
戦国期、飯縄大権現は戦国武将の守護神として崇敬され、上杉謙信や武田信玄の兜表にも奉られ、
また北条家の手厚い保護も受け江戸期に入ると徳川家(特に紀州家)との仏縁により隆盛をむかえます。
 
 古来、高尾山は修験道のお山といわれております。
修験道を修める人のことを山に臥し野に臥しながら修行することから「山伏」と呼ぶようになりました。
高尾山には、今もなお「琵琶滝」と「蛇滝」の二つの滝を擁し、滝修業の道場として、一般の方にも門戸を開いております。

御本尊 飯縄大権現様
 行基菩薩開山以来「薬師如来」を本尊として奉祀してきた高尾山は、俊源大徳の祈請によって「飯縄大権現」を勧請し、
爾来これを本尊として奉安している。
 
 「飯縄大権現」は、その信仰の起こりとしては、信州善光寺の北にそびえる飯綱山、戸隠山一帯に淵源を発する。
この地方は善光寺の起こりと共に仏教の歴史も古く、戸隠、飯綱の山岳信仰も古い修験道の歴史を伝えている。
 飯綱山は、戸隠山と共に我が国修験道の始祖、役の行者神変大菩薩(えんのぎょうじゃじんぺんだいぼさつ)によって
山岳修験道場の基礎が開かれた。

 その後嘉祥三年(850)学問行者が飯綱山から戸隠山に入り、役の行者の跡を再興して、初めて戸隠山の別当職に就き両山を治めた。
やがて、戸隠山は天台派修験道の道場として栄え、鎌倉時代初期には延暦寺の末寺となり、一山八十二坊を数えた。
一方、真言派の修験の寺も西光寺を中心に、道場を飯綱山方に占めて、次第に勢力を伸ばして行った。

 飯綱山は、初め飯綱大明神と称し、天皇足穂命が降臨した所として崇められていたが、
天福元年(1233)水内郡萩野城主、伊藤兵部太夫忠縄が山頂に飯縄大権現を祀り、
修行の後、神通力を得て、百才以上の長寿を得たという。
その子、次郎太夫盛縄もこの山に入り修行、霊験を得て妖術「飯縄法(いづなほう)」を編み出し、「千日太夫」を名乗った。
以後、子孫が千日太夫を世襲して、この妖術を世に広めた。

 「飯縄法」とは、管狐と呼ばれる鼠ほどの小動物を飯綱山から得て、長さ四、五寸の管に入れて養い、
常に懐中して、この小動物の霊能を用いて術を行ったという。
伝説では、この管狐は著しい霊能力を持ち、変幻出没自在で、予言をなし、人になつき、
飼い主には非常な利益をもたらすものと信じられ、恐れられた。

 殊に戦国時代の世に武将の間で、優れた妖術として熱い信仰を集め、武田信玄は、飯縄大権現の小像を懐中して、守護神としたと語られ、
山形県上杉神社に遺される上杉謙信の兜の前立には、飯縄大権現の尊像が祀られているのである。

 元来、飯綱山の麓、長野県上水内郡、下水内郡の辺りでは、飯綱山の残雪を「種蒔き爺(じ)っさ」と視て取って、
苗代の籾播きをする慣わしが在り、農耕を司る守護神として山を崇めてきた。
 こうして農耕神としてあった飯縄大権現が時代の趨勢に伴って戦神として崇められ、戦国武将の熱い信仰を寄せられた。
時代が降って、徳川幕府の天下平定による平和な時代の訪れと共に、「飯縄法」の妖術は「邪教」の烙印を押され、
厳しい禁制の下でその使命を終わる事となった。

 高尾山もこうした時代背景の下に、戦国武将の移動に導かれるようにして「飯縄大権現奉祀の霊場」としての発展を遂げるのであるが、
妖術「飯縄法」が本地仏を勝軍地蔵とするのに対して、高尾山の飯縄大権現は不動明王の変化身であるとして
「飯縄不動尊」などと呼ばれた時代もあり、今日でも、不動明王に準じた供養、祈祷が勤められているのである。

高尾山と天狗様
 天狗様は飯縄大権現様の眷属(随身)として、除災開運、災厄消除、招福万来など、衆生救済の利益を施す力を持ち、
古来より神通力をもつとされ、多くの天狗伝説や天狗信仰があり、神格化されています。
この様に高尾山は、飯縄信仰と共に天狗信仰の霊山としても知られております。
 また、高尾山は修験道根本道場として知られており、山伏修行が随時行われ、昔は山伏が深山幽谷に籠もって難行苦行を重ね、
やがて高尾山の霊気と融合して、呪力、験力を体得して大先達となり、山伏の姿が天狗と同一視されることも多いのであります。
                                         (高尾山 薬王院 有喜寺 公式ホームページより)


                                                    
5時過ぎ月が皓々と照ってる中、大宮駅に着きました。
6時11分大宮発湘南新宿ライン小田原行きの電車に乗りました。
6時44分JR新宿駅に着き京王線乗り場に向かいました。
7時新宿駅発の急行電車に乗り、高幡不動駅まで行き乗り換えました。
8時過ぎ終点の高尾山口駅に着きました。
高尾山は何十年ぶりでした。    高尾山薬王院
高尾山 別院 不動院  「千里の行も 一歩より 起こる」 高尾山
不動堂 なでなで地蔵尊 
東海自然歩道起点 高尾山から山梨県の富士山の青木ヶ原
静岡県、愛知県、岐阜県、滋賀県、三重県
奈良県、京都府、大阪府の箕面公園まで
1697.2㎞もあります。
 
山内八十八大師巡拝のご案内
高尾山内八十八大師は明治三六年(1903)に
薬王院の志賀照林大僧正が、広く東国のご信徒の為に
山内を四国と見立て、八十八ヶ所の霊場の土を持ち帰り
大師像の下に納め安置してございます。
山内のご巡拝に道は豊かな自然に富み、
同行二人の大師様の功徳は計り知れないものがあります。
案内図は別院(不動院)にありますので申し出て下さい。
大本山高尾山薬王院 
高尾山内 八十八大師めぐり
どんどん後から来る人に抜かれてしまいます。シャガが道端に生えています。
不動童子の像が現れてきました。
不動慧(ふどうえ)童子:真実をありのままに見ることの出来る 揺るぎない智慧の働き
金比羅台をへて高尾山頂 光網勝(こうもうしょう)童子:(勝れた智慧の光を照らす)
上り坂にさしかかってきました。
高尾山頂 2.7㎞ オリエンテーリングのポスト T
8時50分 金比羅社 高い建物はどこになるでしょうか。
東京スカイツリー 無垢光(むくこう)童子:(穢れのない清浄な光明を照らす)
第八十五番 本尊 正(聖)観音菩薩 讃岐國八栗寺
計子爾(けいしに)童子
四国七十七番霊場 讃岐 道隆寺
本尊 薬師如来
左 延命地蔵尊 右 七十六番霊場 
讃岐 金倉寺 本尊 薬師如来
緑の葉の変化
シラカシ・アカガシ・アラカシ・ウラジロガシ
サルや野生動物にエサを与えないで下さい
この看板は、高尾山を訪れる人たちに安心して自然を楽しんでもらうため、八王子追い払い駆除隊・八王子青年会議所・高尾山を活動の拠点とする八王子森林パトロール隊・ボランティアが協力し設置したものです。  八王子市農林課
城見台 道はまだまだ続きます。
八王子追い払い駆除隊の方々が
落ち葉を追い払っていました。
質多羅(しつたら)童子
質多羅(しつたら)童子 リフトの山上駅 薬王院・山頂
囉多羅(らたら)童子:(多くの衆生を救済する)
9時12分 ケーブルカー  高尾山駅
風もなくいい日和です。  眺めの良い処に来ました。ここから見ると都心方面の空気が汚れているのがよく分かります。
謹賀新年 キッチンムササビ 波羅波羅(はらはら)童子:(波羅蜜のこと)
薬王院 高尾山頂 伊醯羅(いけいら)童子
伊醯羅(いけいら)童子 十一丁目茶屋
獅子光(ししこう)童子:(仏・菩薩は一切、恐れるものがないという智慧)  サル園・野草園 9時30分~16時
今現在 9時19分野草園に
入りたかったのですが無理でした。
獅子慧(ししえ)童子:(仏・菩薩は一切、恐れるものがないという智慧)
阿婆羅底(あばらち)童子
       蛸供養碑 株式會社山十水産                       たこ杉

「たこ杉」からのお願い
根っこにのぼらないで!!
幹や根にさわらないで!!
わたしも450歳(年)を越えました。
病気が心配で、特に靴底の泥や
雑菌がからだによくないそうです。
皆さんのご協力をお願いします。

 開運 ひっぱり蛸   
    市指定天然記念物

     たこ杉(蛸杉)
    所在地 八王子市高尾町
        (高尾山参道十一丁目)

  指定年月日 昭和三十九年七月二十三日
  高さ37m、目通り幹囲約6m、樹齢およそ
 450年の大杉で高尾山内にある都指定の
 飯盛杉に次ぐ大木である。
 「蛸杉」とは、「昔参道開さくの際、盤根が
 わだかまって工事の邪魔になるところから
 伐採しようとしたら、一夜にして根が後方に
 曲折した」との伝説とその根が「たこの足」に
 似ているところから呼ばれるようになった
 ものである。
    昭和五十三年三月三十一日
             八王子市教育委員会


開運 ひっぱり蛸 ここの根が蛸の足に似ているのかな。 枯れ枝落下注意
 持堅婆(じけんば)童子:(しっかりと学び それを保つ) 9時24分 浄心門